お花見シーズンは、どういうわけか雨が降りやすい。
今日も例外ではなく、しっとりとした空気の中、
音楽好きの同僚と福島の「
烈志笑魚油 麺香房 三く」へ向かった。
らーめんも美味かったし、彼との交流も一つの楽しみだと感じた。
三くでThanks!!て味わい深い話で盛り上がった。
最近はつけ麺ばかり頼んでいたけれど、同僚が高槻の「
八海山」で煮干しらーめんにハマった流れで、久しぶりに煮干しを選んだ。濃厚なのに後口がよくて、気づけばスープまで飲み干していた。ランチセットの角煮丼は、以前より少し薄くなった気がしたけれど、それでもやっぱり好きな店だと思えた。
食後は梅田界隈を歩きながら、人生観や家族との距離感についてゆっくり話した。
同僚の奥さんは、仲良くしようと近づくと、そっと距離を置くタイプらしい。
それは冷たさではなく、自分の時間を大切にしている人のリズムだと感じた。
バイリンガルで、バックパッカーとしてヨーロッパを一人旅した経験を持つ彼女は、“孤独の時間”の価値を知っている。
家族がいても、夫婦仲が悪いわけでもなくても、自分だけの静かな時間は譲れない宝物。
孤独という言葉は、しばしば“不幸”の象徴のように扱われるけれど、本当はその逆で、人は追われたり寄られたりすると、むしろ孤独を求めるものだ。
梅田の桜は、雨に濡れずに楽しめた。
近くの桜、近くにある小さな幸せ
有名な観光地の満開の桜も確かに綺麗で、写真映えもするし、話のネタにもなる。
けれど、桜を愛でるという行為そのものは、
近場に咲く一本の桜でも十分なんだと思う。
幸せというのは、
遠くに探しに行くものではなくて、
案外すぐそばにあるのに、
人はそれに気づかないだけなのかもしれない。
今日の煮干しの余韻と、
雨に濡れない花見の静けさが、そんなことをそっと教えてくれた。
Nujabes – “Aruarian Dance”

雨に濡れない花見と、煮干しの余韻